石破新政権となり、日本経済のこれからが気になる昨今。
今回は、2023年から日銀総裁を務める植田和男さんに改めて注目していきます。
「経済学者でいちばんのモテ男」と言われていた植田さん。
「婚約者とは別の女性と結婚した」ことが仲間内で話題の的になったとか…
- 若い頃がイケメン?
- 遠縁にはあの二枚目スター?
- なぜそれほどモテた?
- そんなにモテた植田さんの結婚相手とは?
植田和男のプロフィール
植田さんの年齢は73歳(2024年11月現在)です。
今も整ったお顔立ちだね
- 名前:植田 和男(うえだ かずお)
- 生年月日:1951年9月20日
- 出身地:静岡県牧之原市相良区
- 現職:第32代日本銀行総裁
- 日銀総裁任期:2023年4月9日~2028年4月8日
学歴や経歴はこの後ご紹介するよ
植田和男の若い頃がかっこいい!
植田さんが若い頃のイケメンぶりはSNS上でも話題になるほど。
約25年前、48歳頃(1999年)の写真はこちら↓
「経済界一のモテ男」という噂は本当だった!
というレベルのかっこよさ!!
こちらは45歳頃(1996年)の植田さん↓
時代は変われど、髪型は若い頃とほとんど変わってないね
植田和男の身長が話題に
SNS上で話題になった植田さんのイケメンぶり。
そして他にも話題になったのは…
身長なんです。
話題になった画像がこちら↓
車から降りた植田さんの大きさに違和感。
そしてSNS上ではこのような感想が…
予想の5倍小さい
遠近法か?
合成みたい。
身長174cmの岸田元総理と並んだ写真がこちら↓
こちらの写真に特に違和感はありません。
植田さんの身長は公表されていませんが、
お2人の身長差からすると、植田さんの身長は160cm前後だと推測できますね。
植田さんの身長が低くて話題になったというよりは、違和感があるほど小柄に映った写真が話題になった、といったところでしょうか。
現在70代以降の男性は小柄な方が多くいらっしゃいますからね。
- 160センチ…Mr.オクレ
- 161センチ…美輪明宏、タモリ、北島三郎
植田和男が女性にモテた理由7選!
植田さんがイケメンだったことは若い頃のお写真でもうご存知の通りですが、
他にも女性にモテる要素をたくさんお持ちのようです。
詳しく見ていきましょう!
- ①イケメン
- ②高学歴
- ③高収入
- ④英語が話せる
- ⑤ユーモアがある
- ⑥優しい
- ⑦酒に強い
女性にモテた理由①イケメン
イケメンはいつの時代もモテますね。
若い頃から見た目も知的で整ったお顔立ち。
- くっきり二重
- すっきりした鼻筋
- 綺麗な唇の形
- スッとしたあごのライン
スーツもビシッと着こなして、清潔感もありますね。
2枚目俳優みたい
2枚目俳優といえば、あの往年の2枚目スターである加藤剛さんが祖父の従弟にあたるそうです。
遠縁の親戚とはいえ、イケメン家系なのかしら…
女性にモテた理由②高学歴
日銀総裁を務めるくらいですから、当然高学歴なんですが、植田さんに関しては、
“超” 高学歴です。
- 高校…東京教育大学附属駒場高校(現・筑波大学附属駒場高校)
→偏差値78 東京都内で一番の高偏差値 - 大学…東大に現役合格
- 留学…アメリカの名門、マサチューセッツ工科大学博士号取得
もともと地頭が良いうえに、子供の頃からラジオで英語を学ぶなど、勉強熱心で努力家だったようです。
そして、頭が良いだけでなく、運動もできたそうなんです。
「多摩川の河川敷を走る校内のマラソン大会で1位になっていました。1500メートル走も得意だったみたいです。」
引用:「数式を普通の文章のように読む」 日銀新総裁・植田和男氏の天才エピソード、教え子が“酒豪ぶり”も証言(2ページ目) | デイリー新潮 (dailyshincho.jp)
高校では陸上部だったそうだけど、文武両道のレベルが高すぎる…
男子校でなければ高校時代からモテモテだったはず!
女性にモテた理由③高収入
超高学歴で優秀な植田さん。
高収入であるのも当然です。
バブル期に “3高”(高身長・高学歴・高収入)の男性はモテると言われていたね
植田さんはアメリカの大学院卒業後すぐに助教授としてカナダの大学で教鞭をとっています。
その後は日本に戻り、名門大学での教授・助教授職の他、学外でも役職についていました。
大学教授は他の職種に比べて高収入だといわれているね
植田さんの20代~40代前半の経歴
- 1980年 カナダブリティッシュコロンビア大学経済学部助教授
- 1982年 大阪大学経済学部助教授
- 1985年 大蔵省財政金融研究所主任研究官
- 1989年 東京大学経済学部助教授(1993年からは教授)
49歳頃(2000年)には、高級クラブ通いを週刊誌に報じられたこともあったよ
当時は東大教授の他に、日本銀行政策委員会審議委員を務めていて、
3000万円近い年収があったと言われています。
現在の日銀総裁の年収は約3500万円と言われているよ
「高収入=仕事ができる」
仕事できる男性が女性にモテるのは絶対!
女性にモテた理由④英語が話せる
アメリカへ留学し、カナダの大学で教鞭をとっていた植田さん。
英語力はかなりのものだと想像できます。
東大教授時代、「国際金融理論」や「金融政策」について学ぶ “植田和男ゼミ” の授業は、英語で行われていたそうです。
このゼミは人気があって、面接試験に合格しなければ入れなかったんだって
そして、植田さんの英語力の高さがわかるのがこちらの動画↓
今までここまで海外の中央銀行総裁と対等に話せる総裁はいなかった。
英語ネイティブじゃない日本人が喋る最高レベルの英語ですね。
日本での会見と比べて、植田さんに対する印象が変わったという感想も多いです。
女性にモテた理由⑤ユーモアがある
植田さんはユーモアの才能もあるようです。
日本銀行の植田和男総裁は28日、ポルトガルのシントラで開かれた欧州中央銀行(ECB)年次フォーラムで、就任後初めての海外での公開討論会に臨んだ。発言の合間に次々とジョークを飛ばし、会場を沸かせた。
引用:日銀の植田総裁、初の海外討論会でジョーク連発…欧州の記者「話が面白い」と興奮 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
あのような場で堂々と冗談を言えるなんてすごい!
クールすぎる!!
女性にモテた理由⑥優しい
植田さんは「優しくて気配りができる人」であり、穏やかな性格だと言われています。
植田氏は、秀才でイケメン、やさしくて気配りもある。「和んで語り合うととても楽しい。女性がひかれるのはよく分かる」と語る学者仲間もいる。
引用:《日銀総裁人事の舞台裏》「理論には誠実だが、女性には…」“経済学者イチのモテ男”植田和男氏(71)がサプライズ起用された“異次元の理由”とは
東大のゼミ生からも、
「笑うことは多かったが、声をあらげたり、怒っているところを見たことがない」
と人気があったようです。
女性にモテた理由⑦酒に強い
酒に強いからモテる、というと語弊があるかもしれません。
酒が強いからモテる、というよりは、植田さんは飲みニケーション上手な方だったようです。
厳しい指導で知られた一方、生徒と酒を酌み交わすことも好んだ。当時「植田ゼミ」1期生として薫陶を受けた関東学院大学教授の中泉拓也氏(ミクロ経済学)は、「こんなに酒が強い人がいるのか」と驚嘆したエピソードを明かす。
引用元:デイリー新潮
「学生が通うような安い居酒屋の安いお酒を一緒に飲んでくれた」
などと当時のゼミ生からも、その人柄による人気の高さがよくわかります。
カラオケも好きで、高橋真梨子さんの「桃色吐息」が十八番だそうだよ
(その一方で前述のように、高級クラブ通いをスクープされることもあったようですね。)
植田和男の結婚相手とは?
植田さんの結婚についてのエピソードで挙げられるのが、
「婚約していた人とは別の女性と挙式したそうで、同世代の研究者の間ではかなりの話題になった」と語る後輩もいるのだ。
引用元:文春オンライン
この情報が本当かどうかはわかりませんが、結婚相手がどんな女性なのか気になりますね。
植田和男さんの奥さんは、日本女子大学名誉教授の植田敬子(うえだ けいこ)さんです。
- 京都大学・経済学部経済学科卒業(1973年)
- 大阪大学大学院・経済学部卒業
- 京都産業大学 専任講師(1981年 ~1985年)
- 京都産業大学 助教授(1985年~1990年)
- マサチューセッツ工科大学大学院・経済学研究科卒業(1999年)
- 日本女子大学・家政学部教授
お2人にはいくつかの共通点がありまして…
- お2人とも1951年生まれで同い年(学年は別)
- お2人ともマサチューセッツ工科大学に留学
- お2人とも経済学者
「妻とはマサチューセッツ工科大学留学中に知り合った」、
と植田さんは新聞のインタビューで答えています。
マサチューセッツ工科大学留学時代の植田さん(1976年)↓
とても優しそうだしかっこいいね!
とはいえ留学時期は別々で、敬子さんの方はマサチューセッツ工科大学大学院を1999年に卒業しています。
お2人には娘さんが2人いて、敬子さんは子育てが落ち着いてから留学されたと言われているよ
最後に
日銀・植田総裁の若い頃は本当にかっこいいですね。
イケメンで頭がよくて優しい、そのうえ海外でも通じる堂々とした立ち振る舞いや実力は日本の誇りではないでしょうか。
自信と余裕が感じらる素敵なお写真です。
これがいわゆる“大人の男の色気”というものでしょうか。
植田さん、モテるのも納得です。
↓金融の入門書としてわかりやすいと評判。専門用語がわからない初心者には難しいという感想も。
↓約20年前、植田総裁が日銀審議委員を辞めた後にだした本。当時の日銀金利政策の分析と解説をしている。